数年前、介護のために実家へ通っていたとき、高齢の親が暮らす実家の片付け問題に悩んだ経験があります。
収納を工夫すれば少しは改善するのではないかと思い、家具の配置を変えたり収納を見直したり、いろいろ試してみましたが、思うように状況は変わりませんでした。
この記事では、80代の母と90代の父が暮らす実家で、私が試した片付けの工夫と、うまくいかなかった体験を書いています。
片付けても片付けても散らかる実家
実家へ通う度に、料理や洗濯をしていたのですが、不思議なことに片付けても片付けても、実家は片付きません。
片付かない理由は、
- ものが多すぎる(捨てられない)
- 収納ラックや食器棚が使いにくい場所に配置してある
- 古いタンスの引き出しが重くて使いにくい
こんな感じです。
おそらく、どこのご家庭でも似たような問題は起きていると思います。
実家の散らかった家に長時間いると、気持ちまで持っていかれそうになっていました。
母の退院前に通路を作りたかった

ある時、入院していた母の退院に向け、実家で安全に歩けるよう通路を確保しようと思いました。
当時の母は、足腰が弱っていたので、シルバーカーや杖がないと、自宅でも歩くことができない状態でした。
なるべく通路スペースを広くとりたいのに、廊下の壁には父がDIYで取り付けた手すり、反対側の壁の一部には母の服が何枚も掛けてあり、母がシルバーカーを押して歩くには狭い通路でした。
廊下には、黒いズボンだけで5本もハンガーにかかっていたので、入院する前に母に「減らせないの?」と聞いてみましたが、理由をつけて拒否されてしまいました。
とりあえず、私の自宅で使っていた小さめのハンガーラックを両親の寝室に持ち込み、廊下の衣類を移動させて様子を見てみました。
母は病院から帰宅して着替えると、とにかくすぐに椅子に座りたいようで、母の椅子から一番近い廊下のハンガーに洋服をかけてしまいます。
茶の間にもバーのかかった作り付けのクローゼットがありましたが、何歩か歩いて、その扉を開けることは、当時の母には簡単なことではありませんでした。
結局、廊下の衣類は少し減っただけで終わりました。
古い食器棚を処分した日のこと

母の退院前に、せめてキッチンだけでも母がシルバーカーで歩行しやすいように、床に置いてあるものを減らし、床面積を広くしようとしました。
当時の実家のキッチンは4畳半ほどしかないのに、大きい食器棚が2つもありました。
古い方の食器棚の前には、父がDIYで作った簡易テーブルワゴン、段ボールに入った頂き物の野菜が置かれており、食器をすぐに出し入れすることはできません。
テーブルワゴンや野菜をよけて食器棚を開けると、プリント合板がボロボロになっていて、中に入っているグラスはいくつも欠けていました。
私が作り置きをしない限り、両親が普段使う食器は、水切りカゴの中の食器で事足りています。
なので、この古い方の食器棚を丸ごと処分しても問題なさそうでしたが、親が抵抗感を示すかもと思うと、うかつに手を出せませんでした。
数日間、考えた末、私は、古い方の食器棚の中の食器すべてを、2階の使っていない部屋まで持って上がることにしました。
2階だったら、高齢の両親が頻繁に取りに行くこともないだろうと思いました。
しかし、食器は捨てていないので、母の気も済むのではないかと考えてみました。
早速、何往復もして食器を2階に持って上がった頃、さすがに父が声をかけてきました。
私は、極力明るい声で「お母さんが退院してくるでしょう。安全のために通路を広くしたいから、この古い食器棚は処分するね!」と、まるで「古いバスタオルを捨てるね」くらいの軽さで言ってみました。
父はニヤリと笑いながら、「そんなにキレイにしてどうする?」と言ってきたので、これは処分してもOKのサインと捉え、そのまま一人で古い食器棚を玄関前まで運び出し、すぐに市の大型ごみの回収を申し込みました。
本当は母にも相談した方が良かったのかもしれませんが、退院前で時間もなく、安全面を優先しました。
結局キッチンに戻されたコーヒーカップ
母は、病院から帰宅後、少しだけ片付いたキッチンに「あら、随分とスッキリしたのね。」と言うだけで薄い反応でした。
しかし、足腰が悪く、少しの段差でも上がるのが大変なはずなのに、退院一週間後には2階へ上がり、私が移動させたコーヒーカップ5客セットを見つけると、「これはお客様が来たときに使うからキッチンに戻してちょうだい。」と言ってきました。
私は、お客様が来たときは、
- ペットボトルのお茶を出している
- そのペットボトルを冷やすための小さい冷蔵庫もある
- そもそも、お客様用のコーヒーカップを使うようなお客様は、我が家には来ない
- もし、そういう大事なお客様が来た場合は、「もう年を取っていますから、お茶はペットボトルで失礼します。」と言えば、誰もお母さんを責めたりしない
と説明してみました。
しかし、母は納得してくれず、ずっと不満を口にしていました。
結局、私は、お客様用のコーヒーカップ5客セットをキッチンに戻しました。
食器棚の一段がお客様用のコーヒーカップで埋まりましたが、私は、両親がそのコーヒーカップを使うところを一度も見ることがありませんでした。
父がテレビがあった場所を使わせてくれなかった理由
実家の茶の間は、限られた収納スペースしかありませんでした。
母は普段茶の間で使うものを床に直接置いていましたが、足腰が悪くなるにつれて、取りにくくなっていました。
しかし、以前テレビがあった場所はちょうど空いていました。
高さは、小柄な母の手が届きやすい80センチほどです。
私は母のものを、このテレビがあった場所に置いたら、母が片付けもしやすくなるかもしれない、と思いつきました。
早速父に、「お母さんは足腰が悪くて床にあるものは取りにくくなっているよ。だから、このテレビがあった場所にお母さんのものを置くね。」と話したところ、父は強く拒否しました。
父が拒否する理由を尋ねたところ、テレビがあった場所には父のお気に入りのポスターが貼ってあったのです。
そのポスターを、父がいつも座る席から見るのに邪魔になるという理由で、父はテレビがあった場所を母に使わせたくないと言います。
私は「今はポスターどころじゃないでしょう!」と言いたくなりましたが、父は一度怒ると手がつけられなくなり、かえって面倒なことになりかねないので、ぐっとこらえました。
父は母を大事に思ってはいるのですが、テレビがあった場所を母に譲ってしまうと負けた気分になり、嫌だったのかもしれません。
その後、父が「お母さんは片付けできない」と愚痴をこぼすたびに、ため息をつきました。
タンスの重い引き出しと洗濯物の山
実家の茶の間には、古い整理タンスが置いてありました。
使いやすい上の2段には、父の肌着や洋服が入っていました。
そして、使いづらい下の3段には、母の衣類がぎっしり入っていました。
引き出しは重く、50代の私でも両手を使って「よいしょ」としないと引き出せません。
母は次第に引き出しに洗濯物を片付けるのが億劫になり、いつしか、引き出しの前にずらっと洗濯物を並べるようになりました。
私に「片付けて」と言ってくるときもあれば、私が片付けようとすると、「それは明日病院に持っていくタオルだから、そこに置いているの」と言われてしまうときもあります。
一番下の引き出しは洗濯物をよけないと引き出せず、足腰の悪い母が歩くときの障害物にもなっていました。
思い切って、母にタンスの買い替えを提案してみました。
母は、「この家は古いから収納がしづらい」と愚痴をこぼしながら、タンスの思い出話をはじめ、最後は「お父さんが良いと言わないからダメ」と言ってきます。
父に話すと、「おれは困ってないから」という返事でした。
家具を変えても片付けは変わらなかった
その後、両親はサ高住に入居しました。
小さい部屋なので持ち込む家具も限られます。
部屋には、作り付けのハンガーバーだけのシンプルなワードローブがありました。
なので、兄弟とも相談し、小さめの引き出し収納を購入して持ち込みました。
引き出しはレール付で、高齢の母が片手で開閉できるほどの軽さです。
収納スペースも限られているので、服も母が選んだものだけを持ち込みました。
しばらくして、母の部屋へ行くと、いつの間にかコートが5着に増えていて、引き出しやベッドの上には引き出しに収まらない衣類が散乱していました。
母が片付けられない原因のひとつは、タンスの引き出しの重さや、開閉しにくい場所にも原因があると思っていましたが、そうではなかったようです。
高齢の親が片付けられなかった理由|私の両親の場合
これはあくまで私の両親の場合ですが、振り返ってみると、片付けが難しい理由は、
- 場所やものが変わると混乱しやすいので、今まで通り、同じ景色の中で生活したい
- 娘の提案を受け入れると、主導権をとられたように感じてしまう
そうした不安があったのではないかと思います。
特に父は、家長として実家の住環境の主導権を握っていたい気持ちが強かったので、娘が手伝いに来てほしいけど、口出しはしないでほしいというのが、なんとなく伝わってきました。
また、母も娘の言いなりになりたくないという抵抗感を何度も感じました。
しかし、母は足の力が衰えていたので、私が実家の住環境にどこまで介入するか、「安全のための片付け」と「親の気持ち」のどちらを優先するべきなのか、ずっと迷いながら介護をしていたのだと思います。
今もどうするのが正解だったのか、私には分かりません。
高齢の父(90代前半)の食事の準備を、娘である私がしていたころの記録をまとめてみました。
私が実家へ通い介護をしていたころの体験を、こちらの記事に残しています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


