両親の通い介護をするようになって4年半ほど経ったころ、介護のキーパーソンを兄弟が代わってくれることになりました。
そして、介護をしなくなって一年後、当時の感情を書き出してみたところ、不安と恐怖がいっぱいで、自分でびっくりした話です。
介護当時の出来事を書き出してみた
介護をしなくなって一年後、そして、父が亡くなって半年ほど経った頃、介護中に起きた出来事を自宅にあったコピー用紙に書き出してみました。
ひとつの出来事に一行くらいです。
「母が〇〇だった時は大変だった」「父が〇〇でこういうことをしたから私が謝罪に行った」など、思い出した順に鉛筆で書き殴りました。
とにかく深く考えず、思い出した出来事を20コほど書いたように思います。
字が大きくなってしまい、コピー用紙の両面2枚になりました。
介護当時の出来事と自分の感情を重ねてみた
それから私は、そのひとつひとつの出来事に対して、嬉しい、悲しい、怒り、など、自分の感情を一言づつ書いていきました。
感情を書く前は、怒りや悲しさでいっぱいかも?と予想していました。
当時を振り返りながら、自分の気持ちを思い出して書いていくと、コピー用紙は「恐怖」と「不安」の文字でいっぱいになっていました。

びっくりしました。
自分の気持ちに後で気付いた

私にとって介護は、両親の生活を回していくことでした。
両親の食べる食事を作ること、入院の準備をすること、書類を調べながら記入すること、びしょびしょに濡れた便座カバーを洗うこと、父の便のついたパンツを洗うこと、ひとつひとつは難しく感じません。
しかし、これらをしながら両親に起こった問題を解決しようとしたり、でも結果的に解決出来ないまま両親の生活を回していくことは、私にとってはとても難しく感じました。
両親の生活がうまく回らない状態を抱えながら、自分の家庭も私の不在時間が長くなることで次第に回らなくなってきたので、次第に理不尽さも感じるようになっていました。
そんな中、両親が起こす問題行動でクレームの連絡が来て、その度に謝罪していたら、電話がかかってくるのが怖くなるよね。
一か月後、半年後、まったく見通しが立たない中、手探りで介護をするのは不安だったよね。
そりゃあ、怖くて不安になるのは当然だ・・・と気付いたら、自分の気持ちにようやく追いついた感覚になりました。
お茶を飲みながら、しっかりと自分を労ってあげました。

私、お疲れ様。
自分の気持ちに後になってから気づいた話でした。

