数年前、両親を通い介護していたころの話です。

今は介護はしていません。
90代の父が入院していた時に、父の誕生日だったので手作りのメッセージカードを贈ったところ、退院後、そのメッセージカードがゴミ箱に捨てられていました。
父が亡くなったあと、その時のことを振り返ってみました。
この記事でいう「通い介護」とは、高齢の親が施設へ通って介護サービスを受ける「通所介護(デイサービス)」ではなく、別居している子どもが実家やサ高住へ通いながら親の介護を行うことを指します。
入院中の父に手作り誕生日カードを贈った
父が入院している際に、父の誕生日がありました。
退院まであと数日だったのと、プレゼントを準備する時間もなかったため、取り急ぎ、手作りのメッセージカードを手渡しして帰りました。
そのメッセージカードには、私が初めて出産後にお宮参りに行った時の写真(両親もうつっている)を切り抜いて貼り、ハートのシールもはって「お父さん、おたんじょう日おめでとう!」とメッセージを書いたものでした。
父は昭和ひとケタ生まれで、昔ながらの男尊女卑や家長意識が強い人だったので、少し気恥ずかしいような照れた態度で「おお」とだけ言って、私からのメッセージカードを受け取りました。
退院当日、誕生日カードがゴミ箱に捨てられていた
その数日後、父の退院日に病院へ迎えに行きました。
当時、父が暮らしていたサ高住に帰ったあと、入院時の荷物を片付けていたときに、ふと、父のベッドのわきにあるゴミ箱が気になりました。
ゴミ箱の中を覗き込んでみると、私が父に渡したメッセージカードが捨てられていました。
そのメッセージカードを拾ったあと、じわじわと私の中で怒りがわいてきました。
しかし、その日は、何事もなかったかのように捨てられていたメッセージカードを拾い、バッグに入れて持ち帰りました。

営業の女性からのカードは大切に保管されていた
それから数日後、サ高住へ行った際に、父の書類入れを整理していました。
その書類入れは、父が病院からもらってきた領収書や大事そうな書類をとりあえず入れてもらうよう置いていた小さな箱です。
その箱を整理していると、きれいな封筒が出てきました。
その封筒は父が長年お世話になっている営業の女性から、父への誕生日お祝いのメッセージカードでした。
もちろん、会社の封筒で、ビジネスとして贈られたものというのは理解できます。
しかし、営業の方からのメッセージカードは大切に保管するのに、娘である私のメッセージカードをゴミ箱に捨てられたことに再度、腹がたってきました。
この時は思い切って父に怒りをぶつけてみました。
「お父さん、ひどいよ!なんで私のメッセージカード捨てたのに、この営業さんからのメッセージカードは大切にとってあるの!」と言ってみました。
父は、めずらしく私が怒ったことにたじたじしながら、「封筒が立派だったから大事なものかと思った。」と小声で言い訳しました。
それから決まりが悪い顔をしながら、私に頂き物の箱入りの高級水ようかんを持ってかえるよう渡してきました。
私は「クソジジイ!」と心の中で悪態をつきながら、その高級水ようかんを抱えてその日は帰りました。
父が亡くなったあとも、この出来事がひっかかっていたが・・・
父が亡くなったあと、その時の出来事を思い出しては、なぜ、父は私のメッセージカードを捨てたのだろうとずっとひっかかっていました。
ある時、その出来事をChatGPTに話したところ、
- 父は営業の女性からの誕生日カードを「社会的なつながり」と感じていたのではないか?
- 自分が娘を守る立場だったのに、今は娘に世話をされている。父の性格上、立場が逆転したことを受け入れることができなかったのでは?
という見方を返してくれました。
このChatGPTの返答が正しいのかも私には分かりません。
ただ、私はこの話が妙に納得できて腑に落ちました。
父の本心は今も分からないままですが、この時の出来事が、私の中で嫌な記憶ではなくなりました。
数年前、高齢の両親(90代の父、80代の母)の介護のために実家へ通っていましたが、両親だけでは生活が回らなくなり、特に父の問題行動が増えたため、サ高住へ見学に出掛け、入居まで決めたときの記録です。
高齢の親が片付けない、実家の片付け問題に頑張っていたころの記録です。収納や家具配置を工夫してみたものの、思うように改善できなかった体験を書いています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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